特例有限会社において、名義貸しの事実や出資金の払込みの事実がないとして、株主権が否定された事例
大阪高判平成29年12月21日 金判1549号42頁(上告棄却・上告不受理)
原審:大阪地判平成29年6月22日 金判1549号54頁
第1 判決の概要
本判決は、Xが、Yの名義を借りたうえで、Aから出資金の贈与を受け、設立時にB社に対して出資を行ったと主張して、Yに対し、同社の株主であることを確認することを求めた事案である。
本件の争点は、YからXへの名義貸しの事実の有無やXによるB社に対する出資払込みの事実の有無が争点となったところ、本判決は、YがXに名義を貸した事実は認めがたく、出資金の贈与の事実も認めがたいなどとして、Xの請求を棄却した。
(参照条文) 旧有限会社法6条 1 定款ニハ左ノ事項ヲ記載又ハ記録スルコトヲ要ス 五 社員ノ氏名及住所 2 定款ガ書面ヲ以テ作ラレタルトキハ各社員之二署名スルコトヲ要ス 旧有限会社法12条 1 取締役ハ社員ヲシテ出資全額ノ払込又ハ現物出資ノ目的タル財産全部ノ給付ヲ為サシムコトヲ要ス 旧有限会社法87条 本法ニ依リ署名スベキ場合ニ於テハ記名捺印ヲ以テ署名ニ代フルコトヲ得 |
第2 事案の概要
Aは、B社の設立を検討し、Yに対し、B社の代表者にならないかと誘ったところ、Yが承諾した。これを受けて、Aは、300万円(本件300万円)を用意し、Yは、Yが社員である旨の原始定款やYを唯一の社員とする社員総会においてYが取締役に選任された旨の社員総会議事録等、Aが整えた必要書類に押印をしてこれらの書類を作成した。Aは、司法書士事務所に依頼して、B社の出資金を払い込み、B社の設立登記手続きを申請した。設立手続きに要した各書類の原本は、Aが所持保管し、Aの死亡前にXに渡された。なお、Xは、以上の設立手続き当時、海外留学中であり、同手続きに関与していない。
その後、AとYとの間の関係が悪化し、AがYに対し退職を促し、その後も退職に関して話し合いを続けたが、退職慰労金の金額等で折り合いがつかなかった。Aの体調が更に悪化すると、XがYとの交渉を行った。
その後、Xは、弁護士を通じて、Aの名で、設立時からY名義となっていた株式(本件株式)について、実質的所有者はAである旨述べて、本件株式の返還を求めたところ、Yは、Y所有であるとしてこれを拒否した。
再び、Xは、以上とは別の弁護士を通じて、本件株式は、設立時から、Aの長男であるXの所有であるとして、Yに対し、B社の取締役を退任するよう求めた。すると、Yは、株主たる地位について、従前Aから異なる見解を提示されており、今回初めて本件株式の株主がB社の設立当初からXである旨の主張が出てきたことで大変驚愕している旨伝えた。
その後、Aが死亡し、Xは、Yに対し、Xが本件株式を有する株主であることの確認を求め、提訴した。
原審は、特例有限会社であるB社の原始定款にはYが原始社員である旨記載があるものの、同社設立経緯等から、Aが事業をXに承継させる目的で本件300万円を拠出しており、原始定款は名義借りの結果を記載したにすぎないとして、Xの請求を認容したため、Yが控訴した。
第3 判旨
本判決は、「他人の承諾のもとにその名義を用いて出資払込みをした場合には名義貸与人ではなく実質上の出資払込人が出資払込人として権利を得、義務を負い社員となると解すべきである」と判示した。
そのうえで、本判決は、XがYの承諾のもとにその名義を用いて出資払込みをした事実は認められず、Aにおいて、Yの名義を借りた事実はあるとしても、Xとは別人格であり、証拠上YがXに名義を貸していると認識していたとも認められないうえ、AがYからXのために名義の貸与を受け、AがXに出資金を贈与したことも、Xに代わり本件300万円を払い込んだことも認め難いと判示し、原判決を取消し、Xの請求を棄却した。
第4 実務上のポイント
1 特例有限会社における株主権の帰属について
本判決は、特例有限会社における株主権に関し、名義を貸すことに承諾した名義貸与人ではなく、実質的な出資払込人に帰属すると判断した点で重要な意義を有する。
株式会社の場合、他人の承諾に基づき名義を借用して別の者が出捐して株式の引受けが行われた場合、その株式の株主となるのは実質上の引受人すなわち名義借用主であると解されている(最判昭和42年11月17日民集21巻9号2448頁)。他方、有限会社の場合、従前の裁判例では、原始定款に記載された者に社員権が帰属すると判断するものもあった(福岡高裁宮崎支判昭和60年10月31日判タ591号73頁)。
本判決では、実質上出資払込人に株主権が帰属する旨判断されており、今後特例有限会社における名義株の有無が争点となる事案については、株式会社と同様、かかる解釈を前提として事案を処理していく必要があると思われる。
なお、本判決や前掲最判昭和42年11月17日でも、名義の借用があることが前提であり、単に名義人以外の者が名義人のために出資金を立替払いしたに過ぎない場合等についてはなお名義人に株主権が帰属することには注意が必要である。かかる観点から、名義株であることを否定した裁判例として、水戸地裁土浦支判平成29年7月19日金判1539号52頁があり、参考となる。
2 原判決と本判決の関係
本判決は、原判決を取り消し、Xの請求を棄却している。
原判決と本判決とを比較すると、原判決は、AがXに事業を承継させることを目的として、本件300万円がAからXに贈与された上で出資されたという認定をした一方、本判決は、本件300万円の贈与の事実を否定している。そして、本判決では、B社設立当時、Xが海外留学中であり、設立手続きに一切関与していないことなどの事情も言及されていることからすると、原判決では、AがXにB社を承継させる意思を有していたという点を緩く見た一方で、本判決は、設立当時の状況に照らし、このような意思を有していたことが裏付けられる事情がないことを重視したものと思われる。ここに、原判決と本判決の結論の違いが生じたように思われる。
また、本判決は、Xが実質上の出資払込人に当たるかどうかの判断の理由中において、「AにおいてYの名義を借りた事実はあるとしても、Xとは別人格であることは言うまでもなく」と述べている。
このことからすると、本判決は、Yではなく、Aが実質的な払込人に当たり株主権を有すると見ていた可能性が考えられる。そうすると、仮にXが実質上の出資払込人であるAから株式の相続を受けたと構成して、Yに対し自己の相続分に応じた株主権の確認を求めていた場合にはXの請求が認容されていた可能性が考えられる。実際にも、Xは、当初の交渉段階において、実質所有者はAであると主張していたようである。