株主との合意による自己株式の取得に係る瑕疵の治癒が認められた事例
大阪高判平成25年9月20日 判時2219号126頁(確定)
原審:大阪地判平成25年4月16日 判時2219号131頁
第1 判決の概要
本件は、Xが被相続人Aから本件株式を相続したとして、Y社に対し、Y社の株主であることの確認等を求めた事件である。
Y社は、Aとの間で、Aの生前、本人の死亡により退職となったとき等の場合にAの保有する株式をY社に対し譲渡する内容の株式譲渡合意(本件合意)を締結し、これによりY社は、A保有の株式を取得したとして、Xの請求を争った。
本判決は、本件合意に無効事由はないとして、Xの請求を認めなかった。
(参照条文) 平成17年改正前商法210条 1 会社ガ自己ノ株式ヲ買受クルニハ本法ニ別段ノ定アル場合ヲ除クノ外定時総会ノ決議アルコトヲ要ス 2 前項ノ決議ハ左ニ掲グル事項ニ付之ヲ為スコトヲ要ス 一 決議後最初ノ決算期ニ関スル定時総会ノ終結ノ時迄ニ買受クベキ株式ノ種類、総数及取得価額ノ総額 二 特定ノ者ヨリ買受クルトキハ其ノ者 3 前項第1号ノ取得価額ノ総額ハ貸借対照表上ノ純資産額ヨリ第290条第1項各号ノ金額及定時総会ニ於テ利益ヨリ配当シ若ハ支払フモノト定メ又ハ資本ニ組入レタル額ノ合計額ヲ控除シタル額ヲ超ユルコトヲ得ズ 5 第2項第2号ニ定ムルトキハ第1項ノ決議ハ第343条ノ規定ニ依リ之ヲ為スコトヲ要ス此ノ場合ニ於テハ第204条ノ3ノ2第3項及第4項ノ規定ヲ準用ス 6 第1項ノ決議ヲ為ス場合ニ於ケル議案ノ要領ハ第232条ニ定ムル通知ニ之ヲ記載又ハ記録スルコトヲ要ス第2項第2号ニ掲グル事項ニ関スル議案ノ要領ヲ記載又ハ記録スルトキハ次項ノ規定ニ依ル請求アリ得ベキコトヲモ記載又ハ記録スルコトヲ要ス 7 株主ハ第2項第2号ニ掲グル事項ニ関スル議案ノ要領ガ記載又ハ記録セラレタル前項ノ通知ヲ受ケタルトキハ取締役ニ対シ会日ヨリ5日前ニ書面ヲ以テ其ノ事項ニ係ル議案ヲ売主ニ自己ヲモ加ヘタルモノト為スベキコトヲ請求スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ第256条ノ3第7項ノ規定ヲ準用ス |
第2 事案の概要
被相続人Aは、平成14年、Y社との間で、①自己都合によりY社を退職するとき、②会社都合により退職が生じたとき、③本人の死亡により退職となったとき(相続より除外)、④会社都合により株式の買取が必要となったときに、Aの保有するY社株式を全部譲渡する旨の本件合意をした。なお、本件合意当時、Aの保有するY社株式は、Y社発行済株式総数の半数に近い数を占め、Aは、Y社の筆頭株主であった。
また、A以外のY社の株主も、本件合意と同内容の合意をした。
その後、Aが死亡した。
これを受けて、Y社は、本件合意に基づき、A死亡時Aが保有していた株式を取得した。
これに対し、Xは、本件合意が旧商法の定時株主総会における特別決議、取得期間などの自己株式要件を充足しないなどとして、本件合意が無効であることを前提に、相続人間の遺産分割協議によりA保有株式を相続したとして、Y社に対し、Y社の株主であることの地位確認等を求め提訴した。
第3 判旨
本判決は、本件合意が自己株式取得に関する旧商法上の要件を欠くとのXの主張に対して、本件合意がされた平成14年当時の全株主が本件合意を行っていること、Aが死亡した平成20年当時の株主がいずれも平成14年当時も株主であった者であることを指摘した。そのうえで、本件合意に基づくA保有の株式移転については、全株主の同意があったといえるから、自己株式取得に関する法律違反の瑕疵は治癒されると述べて、上記Xの主張を排斥した[1]。
第4 実務上のポイント
本判決は、自己株式取得に関する手続違反について、全株主の同意があることを理由に瑕疵が治癒されることを認めた点に意義がある。
1 本件における手続違反
本件では、Y社は、株主総会の特別決議による取締役会への自己株取得の授権を行わず(旧商210条1項・2項・5項、会156条1項、157条、309条2項2号)、他の株主に自己を売主に加えることを請求できるものとしていない(旧商210条6項・7項、会社法160条1項ないし3項参照)。また、自己株式を取得することができる期間は、株主総会の決議から1年以内とされているにもかかわらず(旧商210条2項1号、会社法156条1項3号)、Y社がAから自己株式を取得したのは、本件合意の6年後であった。
そのため、以上のような瑕疵がある点について、総株主の同意により瑕疵が治癒されるかが争点となった。
2 手続的規制と総株主同意について
本判決では、本件合意に関する前記違法について、特に理由を述べることなく総株主による同意により瑕疵が治癒されると判断している。
この点、株主総会の特別決議を欠くという点に関しては、総株主が同意している以上、瑕疵が治癒されると考えて差し支えないこと、他の株主に自己を売主に加えることを請求できるものとしていない点については総株主が同意することにより、各株主がこのような請求をすることができる権利を放棄しているとみることができること、自己株式の取得時期の制限違反の点については、当該制限が取締役会の裁量を制限することを目的とすると解するならば、本件譲渡合意が本人の死亡や退職等に基づくものであって、取締役会の裁量がもとより制限されていることから、総株主の同意によって瑕疵が治癒されると考えて差し支えないと指摘するものがある[2]。
今後、自己株式の取得を行うに際して、手続違反がないようにすることは勿論であるが、手続違反がある場合には、総株主同意に基づく瑕疵の治癒の検討を行うべきであると考えられる。
3 取得財源規制と総株主同意について
以上に対して、本件合意に基づく取得が自己株式取得の取得財源規制(旧商法210条3項、会461条1項2号・3号)に違反する場合には、たとえ総株主による同意があったとしても当該瑕疵は治癒されないと解される。取得財源規制は、会社債権者の保護にあり、取得財源規制に違反する株式の取得は、無効と解されているからである(最判昭和43年9月5日民集22巻9号1846頁)。